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夏の日にガルさんに浴衣を着せて頂いて、ガラス鉢の市へと行ってまいりました。
【とうめいなせかい】




 暑い日を忘れる様に開かれる、涼やかなガラスの市。
 水色地に白い流水紋。金魚が泳ぐ様が愛らしく、袖を少し上げてみては胸を満たす。自然と満足気な笑みが零れていた。
 皆同様に冷涼を求めているのか市は賑わい、人込みを歩く己も金魚の様。だとしたら、この髪はひらひらした金魚の尾なのだろうか。軽く髪に触れると、浴衣に合わせた髪飾りがシャラリ透明な音をたてた。
 視界の端に、同じように浴衣が揺れた。しかし其方は黒。浴衣の朝顔を辿る様に見上げると、黒地に咲いた朝顔の花よりも美しい顔が、どうしたの?と目で問うてくる。先ほどの自分の胸の内を見透かされた様な気がして、少し恥ずかしく、何でもありませんと被りを振り視線をそのまま透明なガラス鉢へと向けた。
「ガルさんはどんな感じにするのでしょうか?」
 丁度、思い描いていた通りのガラス鉢を見つけ、手を伸ばして触れながら尋ねた。
 持ち上げて、色んな角度から形を確かめて、頭の中のイメージと結びつけてみる。完璧だ。
 探すのに一番時間が掛かるかも知れないと思っていた鉢が労せず手に入り、気分が良い。鉢を覗いた際に視界に入った少女達と目が合ったから、微笑みかけてみる。幸せのお裾分け。細君から学んだことだ。可愛らしい声も聞こえるし、良いことづくしだと思う。
 あとはもう、イメージに近い物を見つけるだけ。迷うこともなくこれと決めた物を手に取って、必要な分だけを鉢に入れていく。
 一つだけ、ただ一つだけ。出掛ける前の完成予定図に無い物を入れた時は、少しだけ視線が、手が、惑ったかもしれない。それでも指に触れた其れが、甘い優しさをしていたから。
 傍らの朝顔の彼が何かに気付いた様な顔をした気がしたけれど、気のせいかもしれない。けれど彼は、察しが良い方だからわからない。気付いていない事を願うばかり。

 完成した二つの金魚鉢を並べると、矢張り個性と言うか、其れに籠めたものが如実に出た物が出来ていた。
「華やか、ですね」
「……華やか、かな」
「そうですよ」
 傍らの彼の鉢に目を細める。華やかで、美しい。
 そして、その後に続く彼の言葉に笑みを深くした。


「シェダル」
 夏の緑の中、ひょこりと見えた、お日様色に声を掛ける。
 振り返り見せる笑顔もまた、太陽の様だと思う。
「これ、お土産です」
 急ぎ足で近寄って、最愛の君の手へ『とうめいなせかい』を委ねる。
「アル、おかえりなさい。えーっと…金魚、鉢?」
「はい、ただいまかえりました。そうです。魚を泳がす予定はありませんが、貴女が望むのなら」
 両の手で大切に受け取って、角度を変えて眺める、陽の光。
 愛らしくて、愛おしくて、眩しくて。
 目を細めて眺めていると、「あ」と小さな声。
「だれ、と?」
 聞いてもいいのかな、と心持ちおずおずと上目遣いに伺われた。その姿もまた愛らしいと思っていることは内緒にしよう。知れたらきっと、トマトの様な顔でそっぽを向きかねない。
「ガルさん。ガルデニアさんと、です」
「ガル! いいなぁ、ボクもガルと遊びたかった、な」
「おや。ガルさんとだけですか」
「もちろん、アルとも、だよ!」
 わざわざ言わなくてもわかってるくせに。意地悪。ボクだって、アルとお出かけしたい。
 頬を染め膨らまし、そっぽを向いたその顔は、先ほど想像した顔とは少し違うけれど、やはりそうなるのか。
「ふふ」
「あ! アル、笑わないの!」
「ふふ、ごめんなさい。貴女があまりにも可愛らしくて」
「もー!」

 私の『とうめいなせかい』には、光は要らなかった。
 私の光は、クルクルと表情を変えながら、傍らに居るのだから。

「ねえ、アル?」
 先ほどまで頬を膨らませていた細君が、手の中のせかいを覗いて呟いた。
「アルだったら、いつもはお花、いれない、よね?」
 水面は波風立たぬ方が良い。綺麗に静謐さを湛え、何もない方が望ましい。
「ねえ、どうして?」
「何となく、かな」
 彼女には矢張り敵わない。
 どうしてと問う彼女へ曖昧な返事を返して、彼女の手の内で揺れる睡蓮へ目を向けた。



 ――何も入れぬ予定の鉢に睡蓮を浮かばせたのは、隣で惑う彼が水の中で揺れる花に見えたから。


←----------------------- キリトリ -----------------------→
お嫁様を置いて遊びに行くと、むっすりつんつんしてくださるそうで…
何をしてもアルトゥールを喜ばせるお嫁様ですね!
ガルさんはご一緒ありがとう!デートに誘ってよかったよかった。楽しかった(*ノノ)



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