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(遠く、遠くで、声がした。)

(分厚い布か何かの、また奥で。)







(――、ああ、誰かが呼んでいるのか。)


――…さま

意識は気持ちの良いところに居て、最高の気分だったのに、どこかで音が聞こえた。
多分、と言うよりもコレは、音ではなく、声。

――ア……ル…ま!

しかも、聞き慣れた。
聞き慣れた声は、感情を孕んでか段々大きくなってきている気がする。
(…嫌だな、無視を決め込んでしまおうか。)
その後の展開も読めてきて、嫌になってきた。




「アルトゥールさま!」
「わっ」

ガバッと、掴んでいた上掛けを剥ぎ取られた。同時に視界に入る光が眩しくて目を細める。
先程まで掴んでいた上掛けは、年を経て尚も美しくも凛々しい老女が掴んでいた。ばあや…女中頭のノーラだ。すると、窓に掛かる厚手のカーテンを纏めているのは、セレンあたりだろうか。外からの光が眩しくて、使用人の姿が影となりはっきりと捉えるのは難しい。
「坊ちゃま」
目を眇めつつぼんやりと窓へと視線を移していると、ノーラに声を掛けられた。
「…坊ちゃまはやめろと言っている」
昔からの呼び方につい、そっぽを向いてしまう。
幼さを孕んだ行動に、しまった、と思うも手遅れで
「ですからアル坊ちゃまは、いつまでたっても坊ちゃまなのですわ」
溜息混じりに言われては、ぐうの音もでない。
数えて23歳になった。坊ちゃまは卒業したい。

「さぁさ、わたくしの坊ちゃま。いつまで寝ていらっしゃいますの? 今日も良い天気ですのよ?」
『今朝も』と言わない辺りにじきにお昼です、と言外に含まれては仕方がなく、しぶしぶの体で寝台から降りると、愛豹のシュネーが擦り寄ってきた。
ぬばたまの美しい毛並みを撫で、軽くかがんで額に口付ける。
「おはよう、シュネー」
「おそようございます、ですわ。坊ちゃま」
揚げ足を取るように即座に飛んでくるノーラとのやり取りも、いつものこと。
くすり、と笑みが聞こえて窓へと視線を移すと、カーテンを纏めていた使用人――矢張りセレンか――が居た。
「おはようございます、アルトゥールさま」
「おはよう、セレン」
美しい姿勢で頭垂れ挨拶をする姿に、自然と笑みが漏れる。

寝巻きのままティーテーブルへ向かいチェアに腰掛けると、足元にシュネーが寝転がった。暫く動かないであろうことを察しているのだろう。賢い彼女の頭を優しく撫でるとクルルと喉を鳴らした。
テーブルに置かれたニュースペーパーの一つを手に取り広げると、ノーラが慣れた調子で茶器を運んでくる。寝起きにニュースペーパーを読みつつ、香り高く熱い紅茶を飲むのも、日課である。
「御髪を失礼させて頂きます」
カチャリ、と音を立てノーラが置いたティーカップを持ち上げ香りを楽しみ一口口に含むと、背後からセレンに声を掛けられた。
短く肯定の意を唱え、カップをテーブル上のソーサーへ戻すと、髪に優しく手をかけられ梳かれる。視線の先はニュースペーパー。日々起こる小さな事件の記事へと思考を預けて。
「お着替えのお手伝いは、どうなさいましょうか?」
横からノーラに声掛けられても、視線は変わらずニュースペーパー上の文面を辿り、構わないとだけ言葉を漏らす。最低限の事なら、自分でもできると自負している。夜会等に出かける時ならば着替えの手伝いをしてもらうが、日常生活においては必要ない。
髪が梳られていく感覚が気持ちよくて、ニュースペーパーを追っていた目を休め、今日の予定を思い出す。今日は確か、特に用事は無かったはずだ、と。
「特に予定はないだろう?」
確信しつつも確認の為に問うたが、いいえ、と短く返事が返ってきた。
「本日は会食の予定が入っていらっしゃいます。お父上様の名代、とのことです」
「…は?」
思いもせぬ言葉に、気の抜けた声が漏れた。
髪を梳かれていたのも忘れ、何を言っているのだとノーラを見遣るが、ノーラは澄ました表情で。
「言葉通りの意味でございます、坊ちゃま。」
畏まり頭を下げる女中頭に告げられる言葉は決定事項で、相好を崩し慌てる。
「待て、ノーラ。私はそのような事を聞いては」
「今朝方旦那様がお決めになられました」
「しかし、私にも用事が」
「ゴロゴロ過ごされるのが用事でございますか?」
「………」
「夕刻に湯浴みを。その後、お着替えをなさってくださいませ」
よろしいですわね、坊ちゃま。と笑顔で止めをさされた。
「…わかったよ」

そつなく仕事を終えた使用人達が礼を述べて退室すると、また室内には静寂が満ちて。
「あの人は…」
父の姿を思い浮かべ、ソファに身を沈め大きな溜息をついた。




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memo:
ノーラ/女中頭・クラウゼヴィッツ家に仕える女中。生まれた頃から知られてる。頭が上がらない。
セレン/女中・同上。若い。仕えて10年未満。

アルの家/両親と一緒に住んでいない。マナーハウス的な家に在住。
(一人で篭って勉強する為、9歳の誕生日プレゼントに家を欲した。)
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←----------------------- キリトリ -----------------------→
アルさんの私生活をチラ見。口調の違い。
女性に囲まれております。
多分新聞あるよね。旅団あるし。
「ニュースペーパーの一つ」=複数読みます。
髪は毎日梳いてもらいます。自分でとか…面倒でやらない子です。
たまに遊ばれて髪型がいじられたりします。でも自分に興味がないので何も言いません。
窓際の猫足スツールでゴロゴロ本を読むのが好きです。

ばあやが書きたかっただけなんです。
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無題
こそっと見ていたら一瞬名前が出て驚いたのは内緒です。
…失礼いたしました。
セレン(まだーむの方)の中のひと 2010/06/17(Thu)00:17:30 edit
無題
み、見られてた…!(どきん
あわわ、あわわわわわわ(*ノノ)
(基本的に誰も来ない事を想定して綴ってます><;)

最初、エレンにしようと思って、響きからセレンに…
UPしてから気付きました…っ
アルトゥールの中の人 2010/06/17(Thu)00:41:52 edit
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